インタビュー 海外クリエイター図鑑

好奇心が広げる人生の選択肢。デザイナーがタイで挑戦するまでの道/ 片岡 道昌さん

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GAOGAOメディアの新企画「海外クリエイター図鑑」の第3回目です。

この企画のコンセプトは「海外で活躍する日本人クリエイター(デザイナーさんやエンジニアさん)の生の声を知り、海外でチャレンジする敷居をもっと低くしよう」というものです。

海外生活や海外での仕事に興味があるけど、どのようなものなのか想像がつかない!そう思っている読者の方はいませんか?! そんなあなたをターゲットとした企画です。

3回目のインタビューに応じてくれたのは、タイ・バンコクのスタートアップでクリエイティブディレクター/デザイナー として活躍している 片岡 道昌さんです。

インタビュアー: Manahii  

2013年からバンコク在住。バンコクのデジタルマーケティング会社に第二新卒で入社、約5年半PM/ディレクター職を担当し2018年11月に退職。現在はGAOGAOのマーケティング業務をサポートしつつフロントエンド開発の勉強中。

偶然出会ったデザインという仕事に魅了されてデザインの道に

– 片岡さんはどのような経緯でクリエイターになられたんですか?

私はこれまでデザイン領域の仕事に長く携わってきましたが、実は子供の頃から絵を描くのも苦手で、まさかクリエイターになるとは思っていませんでした。

デザインを学ぶこととは全く違う目的で入った専門学校でデザインに出会い、その後進路の方向転換をして、デザインを仕事にするようになりました。

– デザインとは偶然の出会いだったのですね。どのような出会いだったのですか?

私は元々ビジュアル系やロック音楽の熱狂的ファンで、「音楽ライター」になりたかったんです。音楽ライターって、音楽雑誌などに記事を書く仕事で、仕事を通じて色々なアーティストに会えるので良いなと思っていました。なので高校卒業後は、音楽ビジネスが学べる専門学校の「音楽雑誌編集コース」に進みました。

その学校の授業で「音楽雑誌の1ページを担当する」というものがあり、PhotoshopやIllustratorの使い方を学びました。このとき人生で初めてデザイン作業をしたのですが、面白い、もっと学びたいと思い、元々なりたかった音楽ライターではなく、デザイナーを目指すことにしました。

下積み時代を経てフリーランスデザイナーに

– ライターではなくデザイナーになる方向転換をされたんですね。どのようなことをされたのですか?

通っていた学校のコースはあくまでライター/編集者を目指すもので、当たり前ですがデザインを重点的に学べるわけではありませんでした。

なので、学校の先生に「デザイナーになりたくなりました、どうすれば良いでしょうか」と相談をしたところ、幸いにも先生の事務所で数ヶ月間、インターンとしてデザイン関係の仕事のお手伝いをさせてもらえることになりました。

その後はレコード会社で働く機会を得て、2年間ほどWebバナーの作成などのWebプロモーションの担当をしました。

退職後、音楽関連のデザイン会社に入社し、CDジャケットやグッズEコマースなどのデザインを担当しました。その会社では仕事量が凄まじく、業務内容が多岐に渡っていたのでいろいろな経験ができました。1年半で退職したあと「今の自分でどこまで仕事できるだろう」と思い、フリーランスデザイナーになりました。

そこからタイに来るまで、7年間くらいは日本でフリーランスをしていました。友人やTwitterで交友を広げたりして、一つの仕事が次の仕事に繋がっていきました。特定の領域だけでなく、広告のデザインやWebサイト作り(コーディング)なども対応出来るように、勉強をしながら仕事の範囲を広げていきました。

– 日本では10年近くデザイナーとしてのキャリアを積まれたのですね。学校の授業でツールの基本的な使い方を習った後は、どのようにデザインスキルを習得されたのですか?

ツールの基本的な使い方を習って、実務でデザインを覚えていったので、ほぼ独学でデザイナーになったようなものですね。
もちろん最初から上手く出来るということはなく、仕事の傍ら勉強を続けました。体系的にデザインを学んだわけではないので「他の人に負けたくない」という思いがあり、とにかく手を動かし続けました。

友人とテクノロジーとの出会いがタイ移住のきっかけに

– 日本でデザイナーとして活躍されている中で、どのようなきっかけでタイに移住されたのですか?

あるイギリス人男性と仕事を通じて知り合ったのですが、その出会いが全てのきっかけですね。彼はAR(拡張現実)などのテクノロジーを駆使した広告を作るクリエイターでした。ARは、現実の世界にバーチャルコンテンツを重ねて表示して現実の世界を仮想的に拡張するもので、手軽なARとして近年では「ポケモンGO」が大きな話題になりましたね。

それまでARに興味を持ったことはありませんでしたが、彼の話を聞くうちに面白いと思い、毎日のように話を聞くようになりました。

この友人と意気投合し、私のARへの熱も高まり、一緒にビジネスをしようということになりました。元々は日本でやりたかったのですが、タイ人ビジネスパートナーとの出会いもあり、タイで会社設立をすることになりました。私は初期メンバーとして、プロダクトのクリエイティブ全般を見る役割として一緒にタイに行くことになりました。

– タイには来たことがあったのですか?

いえ、一度もありませんでした。私は元々辛くて刺激の強い食べ物やパクチーが苦手でした。つまり多くのタイ料理が苦手ということになりますね。
またタイに行くと決まってから実際にタイに入国するまでは1か月間しかなく、旅行がてら下見で来る、というようなこともできませんでした。タイの事前知識がなさ過ぎて、完全に未知の国状態でした。タイは自分だったら選ばない国ナンバーワンに近かったですね。笑

海外への憧れ、みたいなものは幼い頃からなんとなくありましたが、このようなきっかけがなければ実際に来ていなかったと思います。

– そうなんですか。実際にタイに来てみていかがでしたか?

来てすぐにバンコクの主要なエリアに足を運びましたが、屋外デジタル広告 (DOOH) の発展度合いに衝撃を受けました。
例えばサイアムのSIAM SQUARE I の入り口にある、巨大なデジタル広告のスクリーン。東京ではこんなに近距離で見られる巨大なスクリーンはないのでは、と思います。

SIAM SQUARE I の入り口
SIAM PARAGONの横にも巨大スクリーン。左右の動画広告は連動しています

未来感を東京よりも感じ、この環境でテクノロジーを駆使した広告が活用出来れば楽しそうだな、とワクワクしました。

多国籍な環境で多様な価値観と触れる日々

– 確かにバンコクの屋外広告はインパクトがありますね。お仕事内容や職場環境はどのようなものでしょうか。

ポジション的には「クリエイティブディレクター」で、自社プロダクトのクリエイティブ面全般を担当しています。具体的にはクリエイティブのビジョンやUI作り、ディレクションなどです。
職場に日本人は私ひとりで、他は日本から一緒に来たイギリス人の友人をはじめ、タイを含めたアジア人、欧米人など、多国籍な環境です。採用は人材エージェント経由ではなく、知人からの紹介が多いですね。普段使う言語はほぼ英語です。

– 英語は昔から話せたんですか?

いえ、前はあまり話せませんでした。日本でイギリス人の友人と知り合った話をしましたが、その時に「彼ともっと会話をするためには英語を上達させないと」と思い、英語の練習を始めました。赤ちゃんが徐々に言葉を覚えていくのは、親の話すことを真似するからじゃないですか。それと同じ原理で、その友人の言い回しを真似して自分も話すという感じで訓練をしました。
あとは、これは現在も行なっていることですが、英語のYoutube動画やNetflixの映画など、ネット上の英語コンテンツにも多く触れるようにしています。仕事でも英語を使いますし、日本に居た頃よりも英語力は上がっていると思います。

– その他タイに来てみて良かったこと/良くなかったことはありますか?

良かったことでまず思い浮かぶのが、自分の価値観というか世界観が広がったということですね。タイは多種多様な人種、性別、考え方の人が居て刺激を受けることが多々あります。ひとつの物事に対して、自分も色々な角度から考えてみることが出来るようになりました。

食の面で言えば、タイは日本以外で世界一日本食が美味しい国だと思っています。日本食で苦労することはないので助かっています。
ちなみに、タイに来る前に苦手意識のあったタイ料理は、食べているうちに今では大好物になりました。今では自宅でタイ料理を作るようになったくらいです。

また「子どもが宝」という価値観の人が多く、子どもや子連れに親切なのも素敵な文化ですね。見ていて温かい気持ちになります。

逆に自分的なマイナスポイントとして挙げられるのは、ライブなどのエンタメが少ないことです。先ほどもお話しましたが、私はビジュアル系やロックが好きなので、ライブに行けないのは寂しいですね…。

あとは当たり前の話ですが、日常生活でタイ語しか通じない場面もあります。私はタイ語がまだあんまりなので、そのような時はコミュニケーションにひと苦労です。

– 今後の目標はありますでしょうか?

当面は引き続きデザイン領域で頑張りたいです。ずっとタイで、というこだわりは特になく、チャンスがあればタイの近隣の国など、他の国もありだと思っています。これは一度タイに出てきたからこそ思い浮かんだ考えです。
将来的に成功してリッチになったら投資家になってみたいですね。スタートアップ起業家と併走して、ビジネスを作ってみたいです。

– ありがとうございます。では最後に、海外でチャレンジしたいクリエイターへひとことお願いできますか?

きっかけは何でも良いと思うので、「海外に出てみたい」となんとなく思っている方は、まず出てみることが大切だと思います。自分で決めて海外に出てしまえば、自分で責任を取るしかないので、何か得られることは必ずあるでしょう。例え失敗しても、それもまた学びになります。

また、これはデザイナー目線の話ですが、幅広く多くのことを器用にこなせる必要はないと思います。それよりも、何か突き抜けてレベルの高いスキルがひとつある方が、活躍できるのではと思います。

編集後記

音楽ライターになるつもりで入った学校でデザインに出会ってデザイナーになり、友人との出会いでタイに来ることになり…。片岡さんは、「これだ」と思ったことに対して、次のアクションに落とし込み、キャリアを作られてきました。自分の好奇心を大切にすることで、人生の選択肢を広げられるんだなという学びになりました。

今後タイ以外の国での活動も視野に入れているとのことで、ますますのご活躍を期待しております。

片岡さんはSNSでもご自身のポートフォリオを一部アップされているので、ぜひチェックしてみてください!

Instagram:  michi_kataoka

Dribbble:  Michi Kataoka

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